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   <title>小原ブログ</title>
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   <title>植民地とはなんでしょうか？</title>
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   <published>2007-09-26T10:41:16Z</published>
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      <![CDATA[植民地獲得の動機・要因には、主に以下のようなものがある。

本国に隣接した地域への領土拡大 
本国民を移住させるための開拓地獲得 
宗教的使命による布教地拡大 
本国や既得植民地、海上交通路の防衛のための要塞や緩衝地確保 
天然資源や労働力、市場の確保 
他国の植民地とされる前に勢力圏として確保 
植民地の統治形態には、（ア）本国は外交権や駐軍権のみを獲得し内政は先住民による統治に任せて原則として干渉しない保護領、（イ）現地の王や族長を通じて支配する間接統治、（ウ）本国から総督や民政長官、軍政長官などを派遣して支配する直接統治、などがある。また（エ）本国は外交、防衛のみを担当し内政は現地住民によって構成される政府・議会に委ねる自治植民地もあるが、この場合その参政権は本国出身者に限定されたり、先住民の参加を認めても公用語（本国の言語）習得や一定額以上の納税などの条件を付けて、事実上の参政権が著しく制限されるのが通常だった。一般的に植民地統治が継続する中で（ア）→（イ）→（ウ）→（エ）の変遷をたどるケースが多いが、植民地が本国に隣接している場合、最終的に本国領土の一部として編入され、その過程で先住民も同化が進み、固有の言語や文化、民族意識を失っていく傾向にある。

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   <title>富山県</title>
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   <published>2007-09-07T00:04:29Z</published>
   <updated>2007-09-07T00:09:03Z</updated>
   
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      富山といったら薬で有名ですよね。たしかによく効きます。今日はそんな富山について解説します。

富山県（とやまけん）は、日本海に面する日本の県の一つ。令制国の越中国に相当する。

北を日本海（富山湾）に、南を飛騨の山々に、東を親不知（飛騨山脈）に、西を倶利伽羅峠に挟まれた県である。

山間には、富山県から岐阜県に跨がる世界遺産「白川郷・五箇山の合掌造り集落」や、山岳信仰で有名な立山連峰がある。

五箇山地方では楽器こきりこを使ったこきりこ節が生まれた。方言で「新鮮」を意味する「きときと」と呼ぶ魚介類に加えて、名水の産地として知名度が高い。魚津市では蜃気楼が見える。

松尾芭蕉は、富山県を「早稲の香や 分け入る右は 有磯海」と詠んでいる通り、古来より稲作が盛んな地方である。全体的に、石川県、岐阜県飛騨地方、新潟県頚城地方の、三方との交流が多い

■県民性
保守的な気風が強い。貯蓄率は高く、「越中の一つ残し」と言われるほどである。また家を基準とした家長制度を非常に重んじ、男性は庭付きの一戸建てをもってようやく一人前として扱われる。そのため持ち家率は常に日本で上位に位置する。

■歴史
■古代
縄文時代 氷見市の大境洞窟で新石器時代の遺物発見 
大和時代 五畿七道のうち北陸道の一つとして存在する 
北陸地方は、越国（高志国）であったが、645年 大化の改新の後、越前（こしのみちのくち）、越中（こしのみちのなか）、越後（こしのみちのしり）に三分割され、越中国となる。 
701年 越中国の国司である佐伯有若の子、佐伯有頼によって立山が開山し、雄山神社が開かれる。 

■律令時代
725年 僧侶行基によって国内最大の石仏である不動明王像が彫られ、真言密宗大岩山日石寺を開く 
741年 能登国を越中国に併合する 
746年 越中国の国司として、万葉歌人である大伴家持が赴任する 
757年 越中国より能登国を分離する 
810年 越中国に滞在した渤海国使首領である高多仏により、習語生等に対する渤海語の修習が行われる 
863年 越中、越後で大地震が発生する(三代実録) 

■鎌倉時代 - 室町時代
1183年 源義仲が石黒太郎光弘らを従えて越中国砺波山の倶利伽羅峠で平維盛を破る（倶利伽羅峠の戦い） 
1299年 慈雲妙意によって臨済宗国泰寺派の本山国泰寺が開かれる 
1355年 桃井直常、越中勢を率い入京し、足利尊氏・足利義詮を放逐する。 
1390年 本願寺5世である綽如によって瑞泉寺が建立され、門徒による土一揆が増える。 

■戦国時代
1467年 越中国守護である畠山持国の養子と実子の相続争いから応仁の乱に発展する。 
畠山氏家臣であった神保長誠が畠山政長を担ぎ、京都上洛を切掛として応仁の乱に至る。 
畠山氏の衰退によって神保氏、椎名氏らによって越中国支配が目まぐるしく変遷する（越中大乱の時代）。 
1471年 本願寺8代目法主である蓮如によって勝興寺（土山御坊）が建立され、一向一揆の動きが強まる。 
1493年 室町幕府10代将軍足利義材が下向し、放生津城主神保長誠の支援を受け5年間滞在する（越中公方）。 
1506年 栴檀野の戦い（般若野の戦い）で一向一揆が越後勢を撃破。長尾能景が討死。 
1520年 神保慶宗の乱 
1543年 神保長職が富山城を築城して椎名氏と抗争を開始（越中大乱） 
1578年 月岡野の戦いで織田軍が上杉軍を撃破 
1581年 上杉討伐のため織田信長の配下である佐々成政が一向一揆を平定し、越中を領する。 
1582年 魚津城の戦い 
1585年 豊臣秀吉が佐々成政を攻めて降伏させ、越中国婦負郡・射水郡・砺波郡を前田利長に与える。 
1600年 関ケ原合戦へ尽力した功績により、徳川家康が土方雄久へ新川郡布市以南1万石を与える（布市藩）。 

■江戸時代
1609年 前田利長、高岡城を築く 
1622年 薬種商「茶の木屋」（中田家）が創業 
1633年 神通川西岸、婦負郡一帯の開拓を目的とした「牛ケ首用水」が竣工する 
1634年 前田利常が、将軍徳川家光より加賀、能登、越中の三国119万石を安堵される（うち越中国分は53万石） 
1639年 前田家が、越中国のうち神通川流域を加賀藩から富山藩として分置し、支藩とする 
1718年 将軍徳川吉宗に、鮎の鮨と鱒の鮨（鱒寿司）を献上する 
1816年 富山藩が売薬業統轄の役所として「反魂丹役所」を設置する 
1858年 安政飛越地震が立山地域で発生する 

■明治時代(置県以前)
1871年8月29日　廃藩置県によって富山藩の領域（おおむね神通川流域）が富山県となる。 
1871年12月31日　旧加賀藩領の礪波郡と新川郡を併せ、富山県を新川県に改称。 
1872年9月27日 (旧暦)　七尾県射水郡を編入。旧越中国が新川県として一つの県となる。 
1876年4月18日 新川県が石川県に編入される。 
1881年12月19日越中国砺波郡出身の司法省役人、石崎謙が代表となって「分県丿議」（分県の嘆願書）を元老院議長寺嶋宗則に直訴提出する。 
1882年9月越中の有志を代表して、越中改進党幹事の米沢紋三郎と入江直友らが上京し、内務卿山田顕義らに「分県之建白」を提出嘆願する。 
1883年5月9日 太政官達により、佐賀県、宮崎県の分県とともに、旧越中国（越中4郡）を富山県として再び設置。この日を以て置県とする。 

■明治時代(置県以後)
1883年6月7日　安田善次郎が富山県為替方となる。 
1889年4月1日　市制･町村制施行により、富山市・高岡市発足 
1889年7月30日　伏木港が特別輸出港となる 
1894年2月1日　共立薬学校が開校する 
1894年8月4日　日清戦争開戦に伴い、歩兵第7連隊が出兵する。 
1896年　放生津の新湊汽船会社により、伏木港中国大陸間の定期航路を開始する　 
1897年5月4日　県内初の鉄道（中越鉄道の黒田?福野）開通 
1899年3月20日　北陸線が富山駅まで延びる 
1899年4月1日　富山電燈（現北陸電力）が富山市内に送電を始める 
1904年2月11日　中国大陸航路の汽船奈呉浦丸がロシア帝国軍によって撃沈される 
1904年5月9日　日露戦争により、第9師団に動員令発令される 
1907年　石黒岩次郎によって米の新品種「銀坊主」発見される 
1909年4月　神通大橋が竣工する 

■大正 - 第二次世界大戦前
1913年　北陸線全線開通 
1914年4月9日　歩兵第69連隊が朝鮮へ出兵 
1916年4月1日　安田善次郎の寄付により、富山市立富山工業学校が開校 
1918年7月23日　魚津町で主婦が米の移出阻止を求める（後に米騒動として発展） 
1918年8月7日　米騒動を全国に打電した「高岡新聞」が発禁となる 
1920年11月18日　伏木ウラジオストク間航路が開業する 
1923年3月15日　富岩鉄道（現富山ライトレール）が設立 
1923年9月1日　関東大震災により、富山県が震度４の地震にあう 
1924年4月15日　馬場はるの寄付により、旧制富山県立富山高等学校（現富山大学）が開校 
1930年　国勢調査人口で、石川県を抜いて北陸3県で最大の人口を擁する県となる（1980年国勢調査まで） 
1933年10月8日　富山飛行場が開場する 
1935年1月　富岩運河が完成する 
1935年8月17日　富山県庁新庁舎が竣工 
1936年4月15日?6月8日　日満産業大博覧会、富山市で開催 
1937年12月15日　富山県合同労働組合が解体される 
1938年11月　不二越が軍共同管理工場になる 
1942年9月14日　細川嘉六が体制批判論文を掲載し、検挙される 
1944年1月18日　不二越など、県内の主な工場が軍事工場に指定される 
1945年8月2日　富山大空襲により、富山市に甚大な被害が出る。 

■日本の主権喪失期
1945年8月14日　ポツダム宣言受諾により、日本が主権を喪失 
1945年10月28日　アメリカ第６軍が富山県に進駐 
1945年12月20日　富山軍政部が電気ビルに設置される 
1947年10月30日　昭和天皇が富山県に行幸 
1951年5月1日　電力事業再編のなか、山田昌作らの尽力により北陸電力が設立される。 
1951年9月8日　サンフランシスコ講和条約締結により、日本の主権回復 
1952年6月12日　駐留米軍が富山県を離れる 

■現代
1954年4月11日?6月4日　富山産業大博覧会開催 
1955年4月14日　第一回全日本ちんどんコンクールが開催される 
1955年8月4日　イタイイタイ病が初めて報告される。 
1956年9月9日　富山天文台完成 
1958年9月14日?9月17日　富山国体開催 
1961年1月15日　黒部第四発電所操業開始 
1961年2月19日　武見太郎の号令により、医師会と歯科医師会が全国一斉休診ストライキ 
1963年1月　昭和38年豪雪で記録的豪雪。 
1963年8月20日　神通川河川敷に富山空港開港 
1964年5月　富山県の事業として、太閤山団地の造成開始 
1968年4月21日　富山新港開港 
1971年6月1日　立山黒部アルペンルート全線開通 
1981年冬　五六豪雪で記録的豪雪。 
1983年9月23日　第一回国際アマチュア演劇祭を開催 
1984年4月28日　富山市ファミリーパーク（動物園）開園 
1988年7月30日　北陸自動車道全線開通 
1992年7月10日　ジャパンエキスポ、太閤山ランドにて開催 
1992年7月1日　富山市民球場竣工 
2000年　2000年とやま国体開催 
2005年12月?2006年1月　平成18年豪雪。山地を中心に豪雪被害。 
2007年3月25日　能登半島地震で震度5強を観測。県内でも負傷者が出る。 

富山が持ち家率が一番多いことはみなさん意外と知らなかったのではないでしょうか。
ちょっとした雑学になるかもしれませんよ！

      
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